半田(知多半島)からの脱走
「ガタンゴトン ガタンゴトン ゴー」松山は ぼんやりと 車窓を眺めながら
今日 自分がやってしまった罪深い行動を思いつつ反省していた。一方よくこんな自分に
こんな大それた行動がとれたものだと自分に対して怖さと一抹の寂しさと不安が押し寄せて來ていた。何時間か前 誰にも言わず誰にも告げず独身寮を飛び出して来たのだ。つまり蒸発したのだ。寮から まだ牛蛙が泣いている朝もやの中を河和線の半田口駅まで急ぎ足で歩き 少しの間イライラしながら電車を待ちほどなく電車に乗りいつも降りる太田川駅を過ぎそのまま名古屋駅に出た
改札で特急列車の切符を買うとき 行先も考えていなかった自分の口を突いてでた言葉は東京だった。松山の行動はすでに10日位前からおかしかった。今でいううつの状態だったかもしれない。会社から寮に帰って部屋の中ではなく廊下に出てわざと皆に聞かせるように寮中に響きわたる。大声で歌った。ほとんど話したことがない隣人の斎藤もドアの陰からちょっと顔を出していぶかしい目でみたが 何もいわず バタンと ドアを強く閉めただけだった。
なぜか 寮監には 悪いなあという気持ちが沸いていた。寮監さんも工場の室長も高木先輩もみんな親切で良い人達だった特に高木先輩は優しく丁寧に仕事を教えてくれた。みんなの顔が次々と浮かんだ。あのいい人達を裏切った。大きな後ろめたさがあった500人位いるだろう大きな工場の工場長の叔父にもなんとも言えない妙なそして 大きな 罪悪感みたいなものが胸の奥で沸きあがって来ていた。。それに今回の私の件で多大な迷惑と大きな労力を割かなければならない 叔父の下で働く総務課長さんには ほんとに申し訳無いと言うか 心底からの謝罪の気持ちであった。
実は私が今回事件を 起こす1ケ月ぐらい前に 私と全く同じ蒸発事件を 起こした 男が 居た。島根県隠岐の島出身の森上であった。短い期間の付き合いであったが私の見る限りでは 彼はいかにも田舎育ちの おとなしい 心根の優しい 素直な男 だった 私と全く同じような境遇で 私と全く同じ時期に 私と全く同じ 蒸発 脱走計画を立てていたとは とても信じられ なかった。 また そんな 大それた事を起こすような 男には とても 思えなかった。。彼が脱走してから 10日位後だっただろうか彼が 捕まったというニュースを誰となく聞いた。その頃私は 既に 蒸発脱走計画を実行に移すと心に決めて チャンスを 伺っていた。そして俺は 高木みたいには絶対に捕まらないと自分に強く言い聞かせていた。
「ガタンゴトン ガタンゴトン ゴー」プアーン 大きな汽笛を鳴らしながら 走り続ける電車は 走っても走っても 東京は 遠いように感じた。東京駅に滑り込んだ時には ずーと もの思いにふけっていたためか 逆に短かったようにも思えた。流れ行く景色も ぼんやりとみているだけで ほとんど覚えていない。降りる時に唯一覚えているのが 人が多いな 混んでいるな という印象位だった。とりあえず 人の流れのままに降りて 目的地も決めていなかったので 人の流れに沿ってそのまま地下に潜って 地下鉄に乗り なぜか 3つ目で 降りようと決めて 着いた所がお茶の水駅だった。

